【ハードSF小説の名作再び⁉】『未踏の蒼穹』の感想

小説
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あらすじ

金星文明は、かつて栄華を誇りながら絶滅した文明が存在する惑星、地球の探査計画に取り組んでいた。テラ文明はなぜ滅んだのか? 月の遺跡で発見された、テラ人が持っていたはずのない超技術の痕跡は、何を示唆しているのか? 科学探査隊の一員カイアル・リーンは、テラ文明が遺した数々の謎に挑む――。ハードSFの巨星が放つ、もうひとつの『星を継ぐもの』ついに邦訳!

『未踏の蒼穹』裏表紙より

ハードSF小説の名作『星を継ぐもの』の作者でもあるジェイムズ・P・ホーガンの2007年に刊行された長編『Echoes of an Alien Sky』を、2022年1月に全訳し発売された本書の感想をだらだらと書いていく。

もうひとつの『星を継ぐもの』

科学者の主人公とその相棒、その時代に存在するはずのない科学技術の痕跡、謎を解き明かしていくにつれて浮かんでくる種族のルーツ…、物語の大きな構成としては、作者のデビュー作である『星を継ぐもの』と非常によく似ていると感じる。

異なる部分

『星を継ぐもの』と大きく異なる部分としては、やはり私たち地球人(作中の書き方にならえばテラ人)が調査の対象となっているところだろうか。 本書のあとがきにもある通り、作者は金星人の目を通して(=第三者の視点)人類がもつ危うい素養、現代にいたるまで抱えてきた問題を描きたかったのだろう。

テラ人のもつ危うさとは

金星人の視点から描かれるテラ人は

・残虐性があり暴力的で物事を力で解決する傾向にある

・イデオロギーを重視するあまり、現実をゆがめて認識する

というような素養があり、だからこそその歴史は血塗られた戦争の歴史でもあり、後述する「タイムスケール」の認識も誤ったものになっていたとされる。 一方で、そんなテラ人を信奉する金星人の一派がある。それが「進歩派」であり、作中のではジェニンが代表的な人物だ。

ジェニン・ソーガンを通して描かれた人類の破滅性

ジェニンはテラ人のもつ強い信念・精神力と組織化された行動力に強いあこがれを抱いている。

彼らは秩序と規律を守ることで変革をもたらす力が生まれることを理解していた。群れの中で流されるのではなく、自分たちの信じるものを実現するために団結した。そう、彼らは必要とあらば死ぬまで戦うだろう。

『未踏の蒼穹』P61-P62から一部抜粋

それは、目的(金星人社会の変革)のために手段を選ばず、他者を騙して利用し陥れることをいとわないジェニン自身の人となりの表れでもある。

結果として、作中ではジェニンは衝動的な暴力性に身をゆだね命を落とすことになり、それは、度重なる戦争で破滅の道を歩んだテラ人と重なるものがある。 ジェニンの悲惨な末路は、このまま人々が争い続けるといつか人類は破滅してしまうという作者からの警鐘ではないだろうか。

テラ人が誤解していたとされている「タイムスケール」

テラ人は思い込みが強く、現実の認識をゆがめてしまう傾向があると金星人は分析している。その最たる例が「タイムスケール」の誤りだ。

地球では複数の惑星がいっぺんに接近したことで、過去に地形に大きな影響を及ぼすような大災害が発生したとされる。その痕跡がいくつもあるのに、“地球は決して安全な場所ではない”という恐ろしい事実から逃れるため、ゆるやかな変化が膨大な時間をかけて生じたと考え、結果、地球や金星の年齢を実際より若く認識してしまったという。

作中では、序盤のテラ人金星へ移住説が登場した際や金星と地球の生物の遺伝情報(四塩基・六塩基)の比較の際にキーワードとして登場する。 個人的には、テラ人の認識のまちがいではなく科学的な説明(電子的な作用が~みたいな)が欲しかったところだが、そこは人類の抱える問題をより深く描きたかったということなのだろう。

個人的な疑問

作中時点の金星の自転は、現在より早くそして逆回転になっているとされる。 自転が早くなった要因としては、電気的作用に伴う太陽の磁場との相互作用であると作中では説明されているが、逆回転になったことについては特に説明がされていない。衛星フロイルも金星の運動に大きな変化を及ぼさなかった、と書かれている。(私が見落としているだけかも…)

もしかすると、「タイムスケール」の真相もあわせて続編の構想があったのかも、と妄想してしまう。

作者は2010年に亡くなられているので、続編が出ることはないのが残念。

感想まとめ

✓滅亡したテラ人はどこに行ったのか、金星に住んでいる生物の遺伝子に関わる謎、月の裏側の高度な科学技術の痕跡を追う展開、電気的作用と重力が関係する空想科学とそれに基づく科学技術など、わくわくさせる設定はさすが。

✓謎解きパートもテンポよく進むため、すらすら読める。かといって、謎と新たな発見の背後に潜む真実は壮大で読みごたえあり。

✓テラ人と金星人の関係は中盤である程度察しがつく。(作者が意図的にそうしている?)そのため、謎が謎を呼ぶ展開で引き込まれる、というような感覚は薄い。

✓『星を継ぐもの』は謎解きがメインだったが、金星人という第三者の視点を通して人類を描く、という要素が盛り込まれている点が本作のポイント。

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